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2歳半よりゴルフに興味を持ち始め、中学時代にジュニア大会優勝。ゴルフの名門校・水城高校に通いながらナショナルチームにも所属。日本大学へ進み、日本アマやマッチプレー、日本オープン・ベストアマなど33のタイトルを獲得した。ゴルフ人生をかけた椎間板ヘルニアの大手術を乗り越え、‘98年サンコーグランドサマーにプロ初優勝。’00年には年間5勝を挙げて賞金王に輝いた。趣味はドライブ、フィッシング、スキーなど。
| 生年月日 |
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1973年1月31日 |
| 出 身 |
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茨城県 |
| 身 長 |
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171cm |
| 体 重 |
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75kg |
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山晋呉とゴルフとの出会いは、物心がつく“前”と言える。ゴルフ場を経営する父親から与えられた初めてのおもちゃは、手作りのゴルフクラブ。2歳になった頃には、背丈ほどもあるクラブをひきずって毎日父親のゴルフ場へ通っていた――もちろんゴルフ場では、クラブを振り、もくもくとボールを打つ練習に励む(!)。
じめてのコースデビューは5歳。父親に連れられて出かけた茨城の関東国際カントリークラブでだった。1番ホールでのティショットは50ヤードほどだったが、この日がゴルフの魅力との出会いとなる。幼稚園、小学校と、帰宅後はカバンを投げ出してそのまま練習場に直行する日々を経て、中学時代にはすでに大人に混じって週末ごとにコースをまわっていた。初出場のジュニア大会では予選落ちしたものの、その悔しさをバネに翌年には見事優勝を果たす。
高校はゴルフの名門、茨城県の水城高校。部活、父親のゴルフ場での自主練習、空き時間はキャディのアルバイトというまさにゴルフ漬けの生活を送る。関東ジュニア選手権個人戦優勝、全日本高等学校ゴルフ選手権2年連続優勝など、ジュニア界に片山の名が知れ渡る。高校卒業後は日大に進み、大学3年からはプロの試合にも参加。水戸グリーンオープンでは谷口徹プロと競って優勝、ダンロップオープン4位、日本オープン3位など、華々しい成績を残した。
年にプロテスト合格。プロとしての第一戦となった後楽園カップでは優勝――しかし一転、その年秋のカシオワールドでは予選落ちしてしまう。立ちはだかるプロの厚い壁に初めての焦りを感じたが、「このままではいけない」という思いが、現在のコーチ、江連忠氏を訪ねるきっかけとなった。「5年ですごいところへ行けるようにする。そのために2年我慢できるか?」という言葉に、経験もプライドもリセットして一から出直す決心をする。
年に出場した試合はどれも予選落ちという散々な状態。片山はもう消えた、とささやかれる中、’95から‘96年のオフは、ショートアイアンでスライスを打つというまさに基本の基本中の練習に励んでいた。辛い冬の時代を支えたのは、ずっと先に見据えていた「ツアーで優勝する」という目標だった。
年。ついに雪解けがやってくる。それまでの練習の成果が実を結びはじめ、デサントクラシックに3位入賞。同年、ブリジストンオープンで5位タイなど復活の兆しが見えてきた。この年、賞金ランキング55位につけ、初のシード権獲得。’98年、胸椎椎間板ヘルニアの大手術を乗り越え、サンコーグランドサマーツアー初優勝。賞金獲得ランキングは22位、‘99年には8位まで上がった。
年、マンシングウェアオープンKSBカップ優勝、日本シリーズJTカップ優勝、ファンケルオープン優勝など片山復活は不動のものとなり、ついに国内賞金王に。‘01年のマスターズ初挑戦では40位タイに終わったが、全米プロ選手権にて4位タイという好成績を収める。ワールドゴルフランキングは37位。’02年のサントリーオープン優勝、日本シリーズJTカップ優勝をはじめ、‘03年には日本プロゴルフ選手権大会優勝、ABCチャンピオンシップゴルフトーナメント優勝、日本シリーズJTカップ優勝など、片山の快進撃は続いている。
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片山晋呉について
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